وأخيرا لقد انتهت مسابقة الخطابة اليابانية ...
لا أنكر أنني قد استفدت كثييرا منها لقد ملئت في حب اللغة اليابانية ، لقد أصبح لدي الرغبة اكثر في أن أدرس لقد قررت أن لا أتهاون في دراستي للغة اليابانية أبدأ ... أود أن أشكر الذين ساعدوني في كتابة موضوعي :
حسناء شكرا كثييرا لقد ساعدتني كثييرا في كتابة الموضوع أشكرك من كل قلبي
كيكوتشي سنسيه أشكرك من كل فلبي لقد دفعتني إلى الأمام كثييرا
تيمور سنسيه أشكرك من كل قلبي لقد ساعدتني واستمعت لي كثيرا وكنت الموجه لي في الكتابة الصحيحة
شكرا جزيلا لكم
وأود أن أضع موضوعي هنا حتى تقرأوه ...
「わたしの たからもの」
ハナ.ナセル
むかし むかしの はなし。たからもの に しゅうちゃく する ひと が いました。「トレジャーハンター」が しごと の ひとつに なりました。
その 人たち は たからもの を みつけるために くらい どうくつ とか こわい もり へ たんけん に いきました。
それは かんたんなこと では ありませんでした。
たからもの の ために、 いろいろな 人は て や あし を なくしてしまって、じぶん の せいめい を なくした人 も いました。
それは、ただ、キラキラした たからもの を みるため でした。
わたし は かれらの はなしを テレビ で みて、
「わたしの たからもの は なんだろう」と かんがえるように なりました。
たからもの とは なんでしょうか?
どうやって たからもの を みつけること が できる でしょうか?
たからものは かがやくもの でしょう。
心を うれしくする もの でしょう。
でも、どこから さがしはじめるのが いいのでしょうか。
いつから さがしはじめるのが いいのでしょうか。
わたしは はじめ とは 人生の さいしょの しゅんかん だと おもって、
じぶん の 人生 の なかで さがすことに しました。
· うまれた日、めがさめて、わたしの じんせい が はじまりました。「このさむい ばしょ は どこ?」と しんぱいになって、おおごえで さけんでいました。
でも、おかあさん は わたし に むかって、ほほえみました。
おかあさん の えがお は まるで たいよう の ように かがやいていて、心に あたたかさ という あかり を ともして くれました。
「おかあさん の ほほえみ」
· いっさいに なりました。ソファーをつかんで、さいしょ の いっぽ を ふみだしました。みぎ の あし、ひだり の あし、みぎ の あし、あ!おちそう!! でも、お父さんは わたし を だいてくれて、わたしに ほほえみました。
お父さん の えがお は まるで つきの ように かがやいていて、心に あんしん という ひ を ともしてくれました。
「おとうさん の ほほえみ」
· きょう は、小学校 の さいしょ の ひ です。
はやくにおきて、あたらしい せいふく を げんきに きました。
がっこう へ あるきながら、そら を みあげて、はじめていく ばしょ に ふあん を かんじていました。
でも、おねえさん は わたしの て を にぎって、わたし に ほほえみました。
おねえさん の えがお は まるで ほし の ように かがやいていて、心に あんしんと いう あかり を ともして くれました。
「おねえさん の ほほえみ」
· 今は 中学生に なりました。でも、まだ こどもっぽいな せいかく を もって いる わたし は、げんきいっぱい に あそんでいて、よく ころんでいました。
ある日、かいだん を いそいで おりて いた とき、ころんで しまって、あし が すごく いたく なりました。
おおごえ で さけびました が、だれも きてくれません でした。
でも、さいごに、おにいさん が わたし を だいて、びょういん に つれて いって くれました。
びょういん では くるまいすを つかいました。とても こわかったです。
「また あるける ように なる かな?」
わたし が きくと、おにいさん は やさしく くるまいす を おして、わたし に ほほえみました。
「しんぱいしないで! あと ちょっと で なおる から」
といって くれました。
おにいさん の ことば や ほほえみ は まるで ほし の ように かがやいていて、心に きぼう の ひ を ともして くれました。
· 心が どきどき しています。あと すこしで こうこう しけん の せいせきはっぴょう です。
とても きんちょう していました。
「しっぱい したら、どうなるかな」
と いう こと が あたま に うかんで いました。
でも、まわり を みると、かぞく の みんな が わたし に むかって、ほほえんで いました。
「どんな せいせき でも いいよね」といってくれました。
かぞく の ほほえみ は まるで 「たからもの」 の ように かがやいていて、心に しあわせ の あかり を ともして くれました。
そうなんです! わたし の たからもの は かぞく の ほほえみ です。
いま まで ささえてくれた かぞく の ほほえみ。
いま まで せなか を おして くれた かぞく の ほほえみ。
いま まで なんども たすけて くれた かぞく の ほほえみ。
かぞくの ほほえみ なし では 生きていけません。
わたし は じぶん の たからもの が わかって きました。
うれしい はんめん ちょっと こわい です。
じぶん の たからもの を うしなう の が こわいです。
じぶん の たからもの が なくなったら、しあわせ も なくなってしまうから。
だから、わたし は いっしょうけんめい がんばって、たからもの を まもりたい と おもっています。
まるで、トレジャーハンターの ように、たからもの を みつけ、あんぜんな ところ に しまって まもります。
わたし は じぶん の たからもの を じぶん の こころ に しまって まもります。 さいごまで...
いじょうです。ごせいちょう ありがとうございました。
وهذه الترجمة لهذا الموضوع ...
كنزي
هناء ناصر
من قديم الزمان , كان هناك أناس يشغلهم البحث عن الكنوز حتى أنه أصبح صيد الكنوز واحد من الأعمال .
ولإيجاد تلك الكنوز كان هؤلاء يذهبون إلى المغارات المعتمة وإلى الغابات المخيفة للاستكشاف ولم يكن ذلك أمرا سهلا فمن أجل الكنز فقد العديد من الأشخاص أيديهم وأرجلهم وحتى أرواحهم كان ذلك فقط من أجل رؤية لمعان الكنوز .
بعد أن سمعت عن قصتهم في التلفاز بدأت أفكر ( ما هو كنزي يا ترى ؟؟ )
ما هو الكنز ؟؟ أليس شيئا لامعا ؟ ألا يدخل في القلب السرور ؟؟ ولكن متى يجب أن أبدأ البحث عن كنزي ؟؟
ولأني أعتقد أن البداية من أول لحظة في الحياة ،بدأت أبحث في حياتي .
يوم ولدت فتحت عيناي فبدأت حياتي ما هذا المكان البارد ؟؟ شعرت بالقلق وبدأت بالصراخ ولكن أمي توجهت نحوي وابتسمت .
وجه امي الباسم كان مضيئا كما الشمس وبعث في قلبي الدفء .
بسمة أمي ..
أصبح عمري سنة واحدة أمسكت بالاريكة وخطوت أولى خطواتي ، الرجل اليمنى ، الرجل اليسرى ، الرجل اليمنى ، أه سأقع !! ولكن أبي حضنني وابتسم لي وجه أبي الباسم كان كما القمر مضيئا وبعث في قلبي الأمان ز
بسمة أبي
اليوم هو أول يوم في المدرسة ، في الطريق إلى المدرسة كنت أنظر إلى السماء وأنا قلقة من المكان الذي سوف أذهب إليه للمرة الأولى ولكن أختي ضمت يدي وابتسمت لي
وجه أختي الباسم كان كما النجوم مضيئا .. وبعث في قلبي الأنس .
بسمة أختي .
الأن أصبحت بالمدرسة الإعدادية ولكن تصرفاتي كانت طفولية وفي يوم من الأيام بينما كنت أنزل الدرج بسرعة تعثرت وأصبحت قدمي تؤلمني بشدة صرخت بصوت عالي ، فجاء أخي الكبير وحملني وذهب بي إلى المستشفى في المشفى جلست على الكرسي المتحرك ، لقد كنت خائفة جدا (ترى هل سأستطيع المشي مرة أخرى ؟؟) سمعني أخي فدفع الكرسي بلطف وابتسم لي وقال : ( لا تقلقي فبعد مدة ستشفين ) كلمات أخي وبسمته كانتا كما النجوم مضيئة وبعثت في قلبي شعاع الأمل .
بسمة أخي .
إن قلبي يخفق بشده ، فبعد قليل إعلان نتائج الثانوية العامة لقد كنت متوترة جدا . ولكن نظرت حولي لأرى أسرتي تنظر إلي وتبتسم قائلة :( مهما كانت النتيجة فلا بأس ) .
بسمة عائلتي كانت مضيئة كما الكنوز وبعثت في قلبي السعادة .
أجل ... إن كنزي هو بسمة عائلتي ، بسمة عائلتي التي ساندتني حتى الأن ، بسمة عائلتي التي طالما شدت على أزري ، بسمة عائلتي التي أنقذتني مرات عديدة ، أنا لا استطيع أن العيش بدون بسمة عائلتي .
لقد عرفت كنزي !!
إنني سعيدة ولكني خائفة في نفس الوقت ، خائفة من فقدان كنزي فلو ضاع كنزي ستضيع سعادتي أيضا لذلك أريد أن أبذل قصاري جهدي لأحمي كنزي كما كان صائدوا الكنوز يفعلون بعد إيجاد الكنوز حيث يخبؤونه في مكان أمن ويحموه .
لذلك فإنني أريد أن أخبأ كنزي في قلبي وأحميه حتى النهاية .
شكرا لحسن استماعكم